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義援金募集
FC2「東北地方太平洋沖地震」義援金募集につきまして
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kai

Author:kai
こんにちは、kaiと申します。性別は男性。年齢は40代。職業は会社員です。趣味は、軍用機や艦艇や軍用車両等々の軍用と言われるモノに興味があります。写真撮影は、その記録をとる為の道具の一つでしかないと言う考えが災いしてか、銀塩時代から撮っているにも係らずちっとも進歩していません!

プロフの画像は、昨年の大晦日に舞鶴に行った時に一緒に行った友人が、自分の知らない間に撮っていてくれました。(笑)

本ブログの文章及び添付した写真等はJ-ForceClubの著作物であり、他のサイト・掲示板及びブログ等への無断転載を禁じます。

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東日本大震災から15日

災害派遣支援活動-11
上の画像は、090911に福井県敦賀港で行われたLST-4001『おおすみ』の一般公開の時のものです!今回の震災でも、おおすみ型の三隻の内『おおすみ』『くにさき』とLCACが救援・支援物資の海上輸送に大活躍しました。
また、おおすみ型輸送艦はひゅが型護衛艦・ましゅう型補給艦に続く海自では三番目に大きな艦種です。

3月11日の東日本大震災の発生から2週間が経ち、東北地方では相変わらず震度4~6の余震は続いているものの、福島第一原発は自衛隊や消防や東電の決死の働きで沈静化を見せたかに思えた、ここ数日でしたが・・・!?

震災直後は何処の放送局も、TVを始めとしたマスメディアが一日中震災関係の報道を垂れ流し状態であったのが、すっかりなりを潜めて、最近では以前の日常に近い形で報道が行われていました。 そして、原発の方も放射能物質や放射線の影響についての報道が主流になりつつありました。私も職場の方が、通常の業務の他にも東北方面の営業所の支援対策の為の会議やら業務やらに忙殺された一週間でありました。

お陰で、中々ブログを更新出来ずにいた所、昨日また悲劇が起きました!

福島第1原発事故 被ばくし搬送の作業員2人、千葉県の放射線医学総合研究所に搬送へ

福島第1原発3号機の冷却機能復旧作業中に3人が被ばくし、うち2人が病院に救急搬送された。2人はベータ線熱傷の可能性があるとして、皮膚に付着した放射性物質を除去する除染などの手当てを受けた。
病院前のテントで、作業員への被ばく調査が行われた。
24日昼すぎに発生した福島第1原発3号機での被ばく事故。
復旧作業が進む3号機で、一体何が起きたのか。
午後3時すぎ、保安院は会見で「タービン建屋の地下1階で作業をされていた、ケーブルの敷設をされていた作業員の方、3名の方が被ばくをされました」と話した。
被ばく事故が起きたのは、3号機原子炉建屋の隣にあるタービン建屋。
24日昼すぎ、地下1階でケーブルの敷設作業を行っていた20~30代の作業員3人が被ばくした。
17万3,000~18万マイクロシーベルトの高い放射線量が確認された。
福島県立医大病院に搬送された2人は、東京電力の協力会社の20代と30代の作業員。
15cmほど水のあるところで、くるぶしまである靴を履き、作業をしていたという。
午後5時すぎ、東京電力は会見で「くるぶしぐらいまであるような靴ですね、そちらを履いていて、そのくるぶしの上ぐらいまでは、靴があるんですけれども、その上の部分から水が入ってきたようだという状況です」、「ベータ線熱傷の可能性も否定できないため、除染後、医療機関に搬送をしたということでございます」と話した。
足に放射線物質が付着したため、ベータ線熱傷という被ばくの症状の可能性があるという2人の作業員。
一体どんな症状なのか。
1999年、茨城・東海村で起きた国内初の臨界事故。
この原子力事故は、JCOの核燃料加工施設内で核燃料を製造中に起き、被ばくした作業員2人は死亡した。
この事故で亡くなった2人の治療を行ったのが、東京大学名誉教授、フジ虎ノ門整形外科病院・顧問の前川和彦医師。
ベータ線熱傷について、前川医師は、「電子線でございますので、浅い皮膚の本当に何分の1mmという単位のところまではなんとか届くような線ですね。放射線ですね。浅いんですけども、初めからその症状を呈するということはないと僕は思います」と話した。
一度におよそ17万マイクロシーベルトを超える放射線を浴びた場合の、人体への影響について、前川医師は、「今回の場合、万が一にも今、水につかった部分がベータ線熱傷であったとしましても、範囲も狭いですし、まずまず命に別状ないだろうと思います。皮膚に大きな変化がくれば、皮膚移植をするとか、通常の熱傷の扱いと、そう大きく変化はないと思います」と話した。
24日夜、会見を開いた東京電力は、3号機タービン建屋の現場にたまっていた水から、高い放射線量が検出されたと説明した。
午後8時すぎ、東京電力は会見で「現場の水の線量に関してでございますが、水の表面は、約400ミリシーベルトパーアワー(40万マイクロシーベルト/1時間)です。1時間単位、そのぐらいということです。当日、事前のサーベイ(放射線量の計測)は行っていません」と話した。
高い放射線レベルのもとで行われている福島第1原発の復旧作業。
東京電力によると、作業員が携帯している線量計は、2万マイクロシーベルトで、アラームが鳴るように設定されているという。
これに対し、被ばくした作業員の放射線量は、17万~18万マイクロシーベルト。
今回、アラームが鳴らなかったのか、それとも気づかなかったのか、詳細はわからないという。
また、被ばくした現場には、水がたまっていたが、前日に「水が少ない」と報告されていたという。
このため、長靴を履くことが徹底されず、搬送された2人は長靴を履いていなかった。
保安院は会見で「今夜中に千葉県にある放射線医学総合医学研究所に移動されるというふうに伺っております。4日間程度、様子を見るということだと聞いております」と話した。
24日夜に会見した東京電力によると、事故現場の水の深さは15cmで、比較的症状の軽かった作業員が長靴を履いていたのに対し、ほかの2人は比較的丈の短い長靴を履いており、明暗が分かれたという。
原子力保安院によると、2人は25日、千葉県にある放射線医学総合研究所に搬送される予定だという。
一方、3号機に続き、中央制御室に明かりがついた1号機。
午前11時半、東京電力は会見で「たった今、入った連絡でございますが、午前11時30分、第1の1号機、中央制御室(の明かりが)点灯しました」と話した。
23日、表面温度がおよそ400度にまで上昇したため、急きょ、海水を注入したところ、今度は格納容器の圧力が上昇した。
このため注水量を減らしたところ、今度は温度が再び上昇した。
午後9時半ごろ、保安院は会見で「前回が172度だったものが、217.9度に上がっております」と話した。
温度を下げれば圧力が上昇し、圧力を下げれば温度が上昇。
2つの上昇リスクで、1号機は難しい綱渡りを迫られている。

この情報は、昨夜遅くには青いビニールシートに包まれながら搬送される写真から多くの誤解(!?)を生み「作業員死亡か!?」との情報がネット上に流れた。

そして、26日昼にはこんな記事もあった!

高放射線量、作業員に周知せず=東電「3人の被ばく防げた」-2号機に真水注入作業

東日本大震災で被災し、深刻な状況が続く福島第1原発(福島県大熊町、双葉町)の3号機タービン建屋地下で作業員3人が被ばくした事故で、東電は26日、1号機の同建屋地下で18日の時点で高い放射線を検出しながら、現場の作業員に周知していなかったことを明らかにした。1号機も3号機同様、地下に高濃度の放射性物質を含む水たまりがあり、東電は「しっかりと注意喚起していたら、今回の被ばくは防げた」と認め、謝罪した。
一方、同社は26日、1、3号機に続いて2号機でも、消防ポンプによる原子炉への真水注入を始めた。真水には核分裂反応を抑えるホウ酸を混入、2号機は中央制御室の点灯も同日中に行う。また、1~3号機のタービン建屋地下で高濃度放射能が検出された水を慎重に排出。4号機の水についても、濃度分析を急いでいる。
東電によると、18日に1号機タービン建屋地下の放射線を測定。1時間当たり200ミリシーベルトの高い放射線量を観測した。24日午前9時には、同建屋地下の水たまりの放射能濃度を測るため水を採取したが、測定担当者は高い放射線が出ていることを意識し、短時間で作業を終わらせたという。
しかし、被ばくした作業員3人にはこうした情報は伝わっておらず、3人は同日午前10時から3号機のタービン建屋地下で作業を開始。約2時間後に作業を終えた後、線量計の記録から最大約180ミリシーベルト被ばくしていたことが分かった。同社は、18日に検出された高い放射線量の情報について「知っていたのは1号機の関係者だけだと思う」とした上で、「情報の共有に甘いところがあった。反省している」と述べた。

震災以来、何かある度に聞いて来たコメントである。こうした、コメントが口をついて出る間は反省などしているとは到底考えられないと思うのは、私だけでは無いと思うのだが・・・!?

そして夕方には、こんな記事も・・・。

東電に情報公表を厳しく指導 作業員被曝で枝野氏


 東京電力福島第1原子力発電所3号機で作業員3人の被曝(ひばく)した事故で、枝野幸男官房長官は26日午後の記者会見で、東電が作業前に放射線量を確認しながら作業員に注意喚起しなかったとされる問題について「官邸にそういった報告はなかった」と述べた。

 その上で枝野氏は「必要な情報は正確かつスピーディーに報告しないと、政府も適切な指示を出せないし、国民からも不信の念を持たれる。政府として、情報の公表や報告を東電に徹底していくよう厳しく指導していかなければならない」と述べ、東電の対応を批判した。

相変わらずとしか言いようがないですね!何時になったら情報の一元化が出来るのでしょうか・・・!?

「予備自衛官」36人が初の支援活動 岩手・陸前高田

 岩手、秋田両県に住む「予備自衛官」計36人が、岩手県陸前高田市で東日本大震災の復旧、支援活動を始めた。予備自衛官は有事に招集される自衛官OBのことで、災害派遣は平成9年の制度創設以来初めて。「全力で人助けしたい」と、一様に気合をみなぎらせている。

 予備自衛官には、年間の訓練が30日間の「即応予備自衛官」と、5日間の「予備自衛官」に大別される。今回派遣されたのは、全員が即応予備自衛官。

 11年に現役を退いた岩手県北上市の建設会社員、斉藤広昭さん(36)は「支援要請に『出動します』と即答した。有事に備えて体を鍛えてきた。会社に迷惑をかけるが、上司は『行ってこい』と快諾してくれた」。妻のひとみさん(36)からは「私の分も含めて助けてあげて」と、笑顔で激励されたという。

 盛岡市の運送会社員、高橋昌さん(45)は「まだ孤立している被災者もいるはず。何とかして助けたい」と気を引き締めた。

 現地で行われた結団式で、第9師団後方支援の六車昌晃連隊長は「優しい心のこもった言葉、りりしい態度、気配りで被災者に接してほしい」と指示した。

 第9師団によると、予備自衛官らは当面、陸前高田市を中心にして活動。大船渡市、釜石市などでも復旧、生活支援に従事する。六車連隊長は「社会人の経験を生かし、温かい心で活動することを期待している」と話している。

即応予備自衛官の方々も、頑張ってますね!!自分たちも、いま自分たちが出来る事で頑張りましょう!

以下は、本日防衛省から発表された自衛隊の活動状況です。

平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震に対する自衛隊の活動状況(11時00分現在)
平成23年3月26日
防衛省

※数値等は速報値であり、今後変わることがある。
※下線部は、前回からの変更箇所

1 災害派遣要請元及び要請日時岩手県知事 3月11日14時52分 宮城県知事 3月11日15時02分
茨城県知事 3月11日16時20分 福島県知事 3月11日16時47分
青森県知事 3月11日16時54分 北海道知事 3月11日18時50分
千葉県知事 3月12日01時00分

2 防衛省・自衛隊の対応(1) 派遣規模
人 員 : 約107,000名
(陸災部隊:約70,000名、海災部隊:約15,200名、空災部隊:約21,300名、原子力災派部隊:約500名)
航空機 : 539機
(回転翼215機、固定翼324機)
艦 船 : 53隻  が活動中
※3月14日、東北方面総監を指揮官とする統合任務部隊を編成

(2) 主な対応状況
ア 大規模震災災害派遣

(ア)関係命令
 3月11日14時50分 防衛省災害対策本部設置(本部長:防衛大臣)
 3月11日18時00分 大規模震災災害派遣命令
 3月16日11時58分 予備自衛官及び即応予備自衛官の災害等招集命令
 3月17日22時00分 大規模震災災害派遣命令の一部変更命令

(イ)活動内容
 航空機による情報収集、被害者の救助(約19,300名)、人員及び物資輸送、給食及び給水支援、入浴支援、医療支援、ヘリコプター映像伝送による官邸及び報道機関等への情報提供、自衛隊施設(防衛大学校)における避難民受け入れ

イ 原子力災害派遣

(ア)関係命令
 3月11日19時30分 原子力災害派遣命令(12日09時20分廃止)
 3月12日09時20分 原子力災害派遣命令(17日03時00分廃止)
 3月17日03時00分 原子力災害派遣命令(19日01時00分廃止)
 3月19日01時00分 原子力災害派遣命令

(イ)活動内容
 避難支援、給水支援、人員及び物資輸送、原子炉冷却のための放水、モニタリング支援、集じん飛行支援

ウ 現地調査団等の輸送支援

 ・ 政府調査団(第1陣:宮城県)の現地派遣
 ・ 経済産業副大臣及び原子力安全・保安院職員等の現地派遣
 ・ 総理大臣の現地視察(福島第1原発及び宮城県被災地上空等)
 ・ 政府調査団(第2陣:岩手県及び福島県)の現地派遣
 ・ DMAT(災害派遣医療チーム)の輸送支援
 ・ 防衛大臣現地視察(統合任務部隊編成)
 ・ 防災担当大臣現地視察
 ・ 防衛大臣現地視察(原子力災害派遣部隊現地調整所)

エ その他

 3月18日(金)東北地方太平洋沖地震による被災地域において、自衛隊の部隊が実施する救援活動等に係る予備費の使用を閣議決定(約54億円)

(3) 自衛隊の活動
○陸自
(25日)
05時00分 第9師団 陸前高田市・大船渡市・釜石等で救護・給水・給食・物資輸送・入浴支援等を開始
06時00分 第13旅団 相馬市役所において給食支援開始
06時30分 第13旅団 須賀川市役所において給食支援開始
06時30分 第13旅団 いわき市内において給水支援開始
07時38分 第13旅団 新地町で給食支援開始
08時00分 第13旅団 郷ヶ丘小及び中央台南中で給水支援開始
08時01分 第14旅団 雄勝町において入浴支援開始
08時29分 東北方ヘリ隊 石巻市へ救援物資(食料・日用品)空輸
08時58分 第13旅団 新地町で給水支援開始
09時00分 第13旅団 大迎公会堂において給水支援開始
11時00分 第5旅団 鹿妻小学校において入浴支援開始
11時25分 東北方面後方支援隊 宮城野区及び若林区に救援物資輸送
11時57分 東北方面後方支援隊 若林区及び宮城野区に燃料巡回配布開始
13時00分 第5旅団 湊小学校において給食支援開始
13時00分 第13旅団 湯本高校及び藤原小学校において給水支援開始
他、細部確認中
○海自
(25日)
07時20分 「ちよだ」が寄磯地区の被災者に対し、牛乳300本を搬送
08時00分 「くにさき」が渡波漁港の被災者に対し、主食缶詰144個、副食缶詰240個を提供
09時11分 「にちなん」が大須小学校の被災者に対し、軽油1782Lを搬送
09時20分 「ちよだ」が泊地区の被災者に対し、米55kg、副食缶詰500食、ガソリン90L、乾電池(単1)50個、乾電池(単2)26個、軍手100組、さらし3反の搬送
09時57分 「まきしま」が長磯七半沢地区の被災者に対し、非常用糧食264個、ウィンナー240缶、オレンジスプレット192本、たくあん缶144個、乾パン64袋、清涼飲料水200本、飲料水(2L)18本、さんま蒲焼120個、パイン缶24個を搬送
10時16分 「ひゅうが」搭載回転翼機による「ひゅうが」と名足小学校間の米医療チーム4名、医官等3名の輸送及び医療支援
10時47分 第61航空隊のYS-11Mが生活物資2.5トンを厚木から八戸に搬送
12時55分 「ちよだ」が寄磯地区の被災者に対し、米35kg、食器150個、アルミホイル20本、ラップ14本、選択用洗剤10袋、スリッパ6足の搬送
13時53分 「くらま」搭載回転翼機が寒風沢島の被災者に対し、水(20L)14個を提供
14時10分 「くらま」搭載回転翼機が野々島の被災者に対し、水(20L)7個を提供
14時10分 「ひゅうが」搭載回転翼機が「ひゅうが」と志津川小学校間の米医療チーム4名、医官等3名の輸送及び医療支援を実施
14時10分 「あしがら」から「さわぎり」搭載回転翼機が桂島の被災者に対し、主食缶詰1200個を提供
14時27分 「くらま」搭載回転翼機が桂島の被災者に対し、水(20L)9個を提供
15時26分 「ひゅうが」、「はるさめ」及び「たかなみ」搭載回転翼機による気仙沼市大島ふれあい公園の被災者に対し、灯油(ドラム缶26本)を搬送
15時35分 「ぶんご」が気仙沼大島小・中学校の小学生22名、中学生21名、保護者5名に対する入浴支援を実施
16時12分 「ちよだ」が寄磯地区の被災者(男性14名、女性13名)に対する入浴支援及びガソリン90L、副食缶詰500食、軍手100組、乾電池(単1)50個、乾電池(単2)22個、乾電池(単3)48個の搬送
16時20分 機動施設隊が八戸市内道路の災害ごみ清掃支援を実施
16時35分 「くろべ」が仙台塩釜港において被災者43名に対し、入浴支援を実施し、タオル48枚、シャンプー3本、ボディーソープ3本、紙コップ80個を提供
17時23分 「くにさき」が石巻港にて被災者に対し、入浴支援を実施し、幼児服5箱、子供服1箱、男性衣服2箱、女性衣服1箱、衣類6箱、靴下1箱、毛布1箱、タオル256枚、石鹸19個、歯ブラシ2箱を提供
18時00分 八戸航空基地が八戸周辺の被災者に対し、入浴支援、診療支援を実施
○空自
(25日)
07時42分 第2輸送航空隊C-1×1機が救援物資(日用品)を入間から松島へ空輸
08時09分 第2輸送航空隊C-1×1機が救援物資(パン等)を名古屋から松島まで空輸
08時16分 第2輸送航空隊C-1×1機が救援物資(医薬品)を美保から松島まで空輸
08時29分 第2輸送航空隊C-1×1機が救援物資(医薬品)を美保から松島まで空輸
08時51分 第2輸送航空隊C-1×1機が救援物資(燃料)を千歳から三沢まで空輸
09時02 入間ヘリCH-47×1機が救援物資(食料)を三沢から加茂まで空輸
09時04分 入間ヘリCH-47×1機が救援物資(燃料)を三沢から加茂まで空輸
09時26分 第1輸送航空隊C-1×1機が救援物資(食料)を名古屋から松島まで空輸
10時26分 第1輸送航空隊C-130×1機が救援物資(食料)を名古屋から花巻まで空輸
10時43分 第3輸送航空隊C-1×1機が救援物資(食料)を名古屋から福岡まで空輸
10時51分 第3輸送航空隊C-1×1機が救援物資(医薬品、食料)を千歳から松島まで空輸
11時21分 入間ヘリCH-47×1機が救援物資(燃料、食料、日用品)を松島から網地島に空輸
11時23分 第3輸送航空隊C-1×1機が救援物資(医薬品)を美保から松島まで空輸
13時13分 第1輸送航空隊C-130×1機が救援物資(パン・日用品)を名古屋から松島まで空輸
13時48分 第3輸送航空隊C-1×1機が救援物資(医薬品)を美保から松島まで空輸
13時55分 第3輸送航空隊C-1×1機が救援物資(日用品)を千歳から松島まで空輸
14時08分 第3輸送航空隊C-130×1機が救援物資(水、パン、日用品)を福岡から松島まで空輸
14時55分 第1輸送航空隊C-130×1機が救援物資(水、パン、日用品)を福岡から松島まで空輸
15時01分 第1輸送航空隊C-1×1機が救援物資(毛布、食料)を千歳から松島まで空輸
15時27分 第1輸送航空隊C-130×1機が救援物資(水、パン、日用品)を福岡から松島まで空輸
15時44分 第2輸送航空隊C-1×1機が救援物資(食料)を千歳から松島まで空輸
15時55分 第2輸送航空隊C-1×1機が救援物資(食料、日用品)を福島から松島まで空輸
○原子力災害派遣による活動
(24日)
06時54分 CH-47(サーモグラフィ・放射線測定機搭載)×1機による福島第1原発上空モニタリング開始(07時26分終了)
09時05分 偵察航空隊RF-4E×1機が福島第1原発の航空偵察のため百里を離陸(09時38分百里着陸)
09時16分 偵察航空隊RF-4E×1機が福島第1原発の航空偵察のため百里を離陸(09時59分百里着陸)
11時00分 第7航空団T-4×1機が集じん飛行のため百里を離陸(11時51分百里着陸)
11時29分 偵察航空隊RF-4E×1機、福島第1原発の航空偵察のため百里を離陸(12時44分百里着陸)
11時35分 偵察航空隊RF-4E×1機が航空偵察のため百里を離陸(岩手県、宮城県、福島県上空)(12時41分着陸)
15時12分 第7航空団T-4×1機が集じん飛行のため百里を離陸(16時18分百里着陸)
15時59分 偵察航空隊RF-4E×1機が航空偵察のため百里を離陸(岩手県、宮城県、福島県上空)(16時37分着陸)
(25日)
06時34分 CH-47(サーモグラフィ・放射線測定機搭載)×1機による福島第1原発上空モニタリング開始(07時19分終了)
09時00分 偵察航空隊RF-4E×1機、福島第1原発の航空偵察のため百里を離陸(09時36分百里着陸)
09時08分 偵察航空隊RF-4E×1機、福島第1原発の航空偵察のため百里を離陸(09時50分百里着陸)
09時14分 第7航空団T-4×1機が集じん飛行のため百里を離陸(10時21分百里着陸)
11時28分 偵察航空隊RF-4E×1機が航空偵察のため百里を離陸(牡鹿半島、広田湾)(12時29分百里着陸)
11時29分 偵察航空隊RF-4E×1機が航空偵察のため百里を離陸(釜石)(12時36分百里着陸)
16時06分 偵察航空隊RF-4E×1機が福島第1原発の航空偵察のため百里を離陸(16時38分百里着陸)

既に、2週間余りが経過しているにも拘らずに東北地方をはじめ日本各地で余震が続く中、まだまだ予断をるゆさね状況下の福島第一原発に政府や東電もパニックを恐れる余りか、状況判断が出来ないのか責任のなすり合いか・・・!?対応が後手後手に回っているのは周知の事実である!!

そんな中でこの様なニュースもあったので幾つか紹介しておこう。

防護服も着ず物資届けた暴力団

「ヤクザ」がトラック25台分の食料、救援物資を提供―。25日付スイス紙トリビューン・ド・ジュネーブが、東日本大震災の被災者支援に積極的な暴力団の活躍ぶりを紹介し、未曽有の災害に一丸となって対応していると評価している。
 記事は、指定暴力団が食料などをトラックに満載し、「東京から12時間かけて被災地に提供した」と説明。福島第1原発付近にも防護服を着けずに物資を届けた話や、家をなくした被災者に住居を提供する例、さらに1995年の阪神大震災でも支援活動に当たったことを紹介した。
 一方で、大相撲を舞台とした野球賭博事件などで暴力団に対する世間の風当たりが強まっており、「イメージアップが必要だった」との分析も示している。

ヤクザもイメージUPの時代か?それとも、昔気質の任侠ヤクザか・・・!?でも、行政よりも当てになるかも知れませんね。

「国籍関係ない」外国人ら援助申し出

 「国籍は関係ない。被災者が心配だ」--。甚大な被害に見舞われた東日本大震災の被災地に向け、東海地方に多く住む中南米系外国人らの間でも、救援物資を送る動きが広がっている。

 ブラジルやペルーなどの中南米出身者を支援する三重県鈴鹿市のNPO法人「愛伝舎」には、震災直後から救援物資を送る方法の問い合わせが相次いだ。当初は市が物資を受け付けていなかったため、愛伝舎で受け付けると段ボール30箱以上の物資が集まった。

 トイレットペーパーやおむつなどを寄付した日系ブラジル人の介護施設職員、トクホ・チエミさん(36)は「どうすればいいか分からない部分もあるが、役に立ちたい」。

 岐阜県美濃加茂市の市民団体「ブラジル友の会」も、市の物資受け付け開始に合わせ、トイレットペーパーを募り始めた。同会の金城エジウソン代表は「ブラジル人か日本人かは関係ない。何かしたいと思っている」と語った。

 一方、日本人と同様に外国人たちも福島第1原発事故を心配する。名古屋市の外郭団体「名古屋国際センター」によると、震災が発生した11日から25日までに受けた地震に関する相談38件のうち、原発事故についての質問は5件あった。だが同センターでも、最も多かった問い合わせは「被災地に救援物資を送りたいが、どうすればよいか」の9件。ボランティアの登録先の問い合わせも5件あるという。

国境を越えた友情に感謝。感謝です!!

「人類最高」と日本人褒める中国

東北関東大震災の悲劇は海外でも詳細に報じられている。原発事故に対する危機感も少なくないが、各国の報道に共通しているのは、危機に際しても礼節を失わない日本人の精神力への称賛だ。

中国中央電視台(CCTV)は地震関連のニュースを24時間態勢で報道。<秩序があって混乱はまったく見当たらない>としたうえで、<徹夜して救援活動を行った>と対策指揮にあたる菅首相の姿を伝えた。日頃の“反日姿勢”は影をひそめ、日本の社会や首相を称える姿勢が目立っている。

気になる中国人の反応だが、地震発生直後にはネット上に「天罰だ」「祝賀したいなあ」といった書き込みがあった。しかしすぐに「中国人の恥だ」との批判が殺到し、「日本の地震を喜ぶなかれ」という声が主流に。

中国版ツイッター「微博」は、ビル内に足止めされた日本人の様子を紹介。通行の妨げにならないよう階段の両脇に座る写真が掲載され、「(マナーのよさは)教育の結果。国内総生産の規模だけで得られるものではない」とのコメントがついた。この“つぶやき”は7万回以上転載され、「中国は50年後でも実現できない」「とても感動的」「人類で最高の先進性がある」と反響が広まった。

中国も、国が出て来なければいいんですけどね!!

被災者が御用邸の温泉で入浴 「役立てば」と両陛下
 
栃木県那須町の那須御用邸内にある職員用温泉入浴施設が26日、同町に避難している福島県の被災者に開放された。「何か役に立つことはできないか」という両陛下の意向を受けて実現したもので、雪の中をバスに乗った22人が訪れた。宮内庁によると、同庁関係者以外が利用したのは初めて。栃木県は保健師を派遣し、入浴に来た住民の健康相談などに応じた。福島県相馬市の板垣光延さん(48)は入浴後、顔をほてらせて「めったに入れないところに入れてうれしい」。同県浪江町の平子葵さん(11)は「外は寒かったけど、温泉で温まった」と笑顔を見せた。今後は那須町が避難所から送迎バスを運行し、4月末まで週2回、1日50人ほどを受け入れる予定。

両陛下にあらせられては「ヤシマ作戦」ばかりでなく「ウエシマ作戦」にまで、ご協力頂き感謝の言葉もありませんね!!

では、TOP画像の輸送艦『おおすみ』について少々。出典は、ウィキからです!

おおすみ型輸送艦

おおすみ型輸送艦(おおすみがたゆそうかん、JMSDF LST OSUMI class)は海上自衛隊が保有する輸送艦である。本来、LSTとはlanding ship for tankの略でアメリカ海軍では艦首が開き、車両や人員を迅速に揚陸させる事が出来る戦車揚陸艦を意味する。

要目
排水 量基準:8,900トン
   満載:14,000トン
全長 178.0m
全幅 25.8m
深さ 17.0m
吃水 6.0m
機関 
2軸推進
三井 16V42M-Aディーゼルエンジン(27,000hp)2基
速力 最大22kt
乗員 135名
兵装 高性能20mm機関砲(CIWS) 2基
レーダー OPS-14C 対空レーダー
    OPS-28D 水上レーダー
    OPS-20 航海レーダー
電子戦・
対抗手段 Mk 36 SRBOCチャフ発射装置 4基

輸送能力
搭載艇 LCACエアクッション揚陸艇 2隻
人員 普通科中隊戦闘群:330人
車輛 90式戦車 10輌
または74式戦車 12輌

災害派遣支援活動-11-05艦尾ランプドアです。此処から、LCACと呼ばれるホバークラフト型揚陸艇が発着します。ですが、幅がぎりぎりで余裕は・・・。

概要
艦内後部ウェルドックに輸送用ホバークラフトを2隻搭載し、また、乗員用居住区とは別に数区画に分けられた陸上自衛隊員用の居住区を持ち、完全武装した陸上自衛隊員330名と90式戦車10輌または74式戦車12輌の輸送が可能である。

艦種を示す略号はLST(Landing ship,Tank 戦車揚陸艦)で、同様の艦船は、他国海軍ではドック型揚陸艦(Landing Platform Dock)などに分類されている。

おおすみ型一隻の建造費は272億円前後とされる。

船体
艦首部分の一部以外の全通甲板と右舷側に寄せたアイランド型の艦橋構造物を持つ。ステルス性を高めるため、艦体、艦橋構造物ともに傾斜をつけ、なるべく凹凸を減らした平面で構成されている。就役時は赤色の艦底塗料が喫水線下まで塗られていたが、就役後に喫水付近は黒色に塗りなおされている。
災害派遣支援活動-11-03おおすみの船体内部を艦首方向から撮影。船体前部は車両格納庫。画像左側の明るい部分はサイドランプで白いラインは巨大なターンテーブルです。後部はLCACのウェルドックになっており艦尾方向中央部の明かりは艦尾ランプドアが開放されている状態のため・・・。

艦橋構造物より後方は輸送ヘリコプター2機分の着艦スポットを持つヘリコプター甲板、それより前方は車両甲板、資材用の甲板として使用する。車両甲板下の艦体内に車両用の格納庫を持ち、車両は艦体両舷のサイドドア(サイドランプ)から格納庫に直接出入りする。

格納庫と車両甲板の間は、前部(20トン)と艦橋構造物後方(15トン)の2箇所のエレベーターにより車両を上げ下ろしする。

ヘリコプター甲板の下にはドックがあり、ここには各種の舟艇を搭載する。舟艇に車両を搭載する場合は、格納庫から直接に自走して乗り込む。舟艇を運用する場合は、おおすみの艦体を後方に傾斜させ、艦尾ランプドアより直接海上に出入りする。
災害派遣支援活動-11-04この画像は、何かお判りになりますか?此れ実は、LCACの船体の中央部分です。此処に、輸送する為の車両を載せてタイダウン方式で固定してから輸送します。その為、床面の白いラインにそって固定用の穴が規則的に開いてるのが判りますか?

舟艇システム
あつみ型輸送艦やみうら型輸送艦など、海上自衛隊がおおすみ型以前に使用してきた輸送艦は物資を揚陸する際に直接砂浜に乗り上げるビーチング方式を採用していたが、おおすみ型では艦内に2機を搭載するエアクッション艇1号型(LCAC。エア・クッション型揚陸艇)を使用して揚陸を行う。
災害派遣支援活動-11-02LCACと呼ばれるホバークラフト型揚陸艇。画像は、09年10月25日に相模湾沖で行なわれた観艦式で撮影したものです。折からの台風の影響下での迫力の在る画が撮れたのはよかったのですが・・・。この様な、状況下で運ばれる陸自隊員たちは100%船酔い間違いなしだそうです!

ビーチングでは揚陸に利用できる海岸が世界の海岸線の15%ほどだったのに対して、ホバークラフトによる揚陸では世界の海岸線の70%程度が利用できるとされる。また母船となるおおすみ型も、ビーチング用の構造を持つ必要が無くなったことでより水上航行に適した艦体になり、従来の輸送艦に比して速力が増した。

また、従来用いられてきた上陸用舟艇(LCM)の設計を踏襲した交通船2150号型も搭載できるが、こちらは普段は呉基地での港内支援任務に従事している。資材の搬入、搬出は艦橋構造物、煙突横に設置されたクレーンで行う。

航空システム
ヘリコプター用の格納庫やエレベーターはなく、固有の搭載機は持たない。必要に応じて陸上自衛隊の輸送ヘリコプターを搭載、運用する。甲板にはアメリカ海軍の航空母艦(原子力空母)や強襲揚陸艦、ひゅうが型ヘリコプター搭載護衛艦と同じ滑り止め剤(MS-440G)が施されている[2]。

スマトラ沖地震援助のため、3番艦くにさきが陸上自衛隊のヘリコプター5機を搭載し派遣されたが、整備能力を持たないために、UH-60J系ヘリコプターの整備はしらね型ヘリコプター搭載護衛艦「くらま」で行い、陸上自衛隊のCH-47大型輸送ヘリコプターは、点検以外の整備はできなかった。

1番艦「おおすみ」には、外洋航海やヘリ離発着時の安定性を向上させるフィンスタビライザー(横揺れ防止装置)が、政治的判断から装備されず、2番艦からの装備となった。後に、平成18年度防衛庁予算において、国際緊急援助活動に対応するための大型輸送艦の改修費としてスタビライザー取り付け改修費用が予算化され、同時に航空燃料の容量も増大される。就役当初にはなかった戦術航法システム(TACAN)も搭載された。

医療システム
本型は、手術室、歯科診療室、集中治療室(2床)、病床(6床)を備えており、これは登場当時、自衛艦としてもっとも充実した医療能力であった[3]。2011年現在においても、本型と同等以上の医療能力を備えているのはましゅう型補給艦とひゅうが型ヘリコプター搭載護衛艦のみである。

また、スマトラ沖地震直後の国際緊急援助隊派遣の後、2005年(平成17年)6月に「しもきた」の車両甲板上で陸上自衛隊の野外手術システムを展開する技術試験が行われた。この結果、複数の野外手術システムの展開が可能とされ、災害時には艦内の手術室とともに、病院船としても活用される。2006年度に、野外手術システムの電源を艦内から取るための改装を順次行う予定であった。

海外派遣
貨物輸送を担う目的で海外派遣にも利用される。

「おおすみ」は1999年(平成11年)にトルコで発生したトルコ北西部地震被害への援助として仮設住宅の輸送を行い、2002年(平成14年)には、東ティモールへPKO部隊を輸送した。2004年(平成16年)にはイラク復興支援法に基づき、陸上自衛隊がイラクで使用する軽装甲機動車や給水車など車両70台を護衛艦「むらさめ」による護衛の下で輸送している。

「しもきた」はテロ対策特別措置法に基づき、タイ王国陸軍工兵部隊と建設用重機をアフガニスタン近縁のインド洋沿岸へ輸送しており、「くにさき」も、2004年末に発生したスマトラ沖地震の被災地援助の為、国際緊急援助隊派遣法に基づき護衛艦「くらま」、補給艦「ときわ」とともに派遣された。援助物資のほか、CH-47JA 3機、UH-60JA 2機を輸送し、海上基地としても利用された

同型艦

艦名    艦番         就役        所属     定係港
 
おおすみ LST-4001  1998年(平成10年)3月11日 第一輸送隊

しもきた LST-4002  2002年(平成14年)3月12日 第一輸送隊

くにさき LST-4003 2003年(平成15年)2月26日 第一輸送隊

予断であるが、おおすみ型輸送艦3隻は、普段は呉に係留もしくは、沖止めされている事が多いが定係港の欄は何故か空白になっています・・・!?

それと、依然『おおすみ』の多目的ホールで艦長を囲んでコーヒーを飲みながらお話をさせて頂いた時に、部屋の一角に初代『おおすみ』の写真が飾られていましたね。

最後になりましたが、東日本大震災で亡くなられた方々に哀悼の意を捧げるとともに、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。

またJ-ForceClubは、自衛隊や在日米軍をはじめ消防や警察や地方自治体など被災地にて災害派遣支援活動に従事されている全ての皆様を応援しています。

がんばろう日本!がんばろう東北!!
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